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2009年04月03日

歌姫Liaインタビュー!

こんにちは! コアラです。

2000年にKeyが発売した美少女AVG『AIR』の
主題歌「鳥の詩」を見事に歌い上げ、
鮮烈なデビューを果たしたシンガー・Liaさん。
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クリスタルボイスと称されるその歌声は、どのようにして生まれたのか? 
今回は、G'sマガジン編集部だけに語ってくれた、
濃密独占インタビューをお届けします!

■クラシックバレエからミュージカルへ……音楽に囲まれた幼少期

――数多くの楽曲やアルバムをリリースしているLiaさんですが、音楽を始めた
きっかけはどのようなものだったのでしょうか?

Lia:母がずっと続けていたこともあって、4歳の時からスクールに通ってクラシック
バレエを習っていました。そこでは様々な学科があって、小学3年生の時に、ミュ
ージカルの部で、踊れる子役の募集をしていたんです。興味本位で、そのオーディ
ションを受けてみたら合格してしまって……。それ以来ミュージカルにも夢中になっ
ていき、まわりにいた友人たちの影響もあって、声楽も習いはじめたんです。

 中学1年生のころには、ミュージカルで主役をまかせてもらえるようにもなりました。
でも当時の両親にしてみたら、私が歌の道に進むなんて思っていなかったでしょう
ね。歌を歌うこと自体はずっと好きだったんですけど、父が言うには声楽を習い始め
るまではオンチだったみたいで(笑)。私には姉がいて、その姉たちといっしょによく
大きな声で歌っていたようなのですが、「うまいと思ったことはない」ってズバリ言わ
れましたし(笑)。

私自身にしても、あの当時に将来の夢は? と聞かれたら、動物好きなので、獣
医さんになりたいと言っていたと思います。人並みにアイドルに憧れたりはしたけど、
その程度でした。


――ミュージカルでは、どのような役を演じられましたか?

Lia:一番最初に演じた主役は確か、イタズラ好きな天使の役でした。いつも元気な
男の子の役ばっかりなんですよ。たまには女の子を演じさせてくれてもいいのに(笑)。

通っていたミュージックスクールで、地方公演もやっていたので、当時は全国のいろ
いろな場所でミュージカルの公演をしたり、大人たちにまざってのコンサートなども経
験しました。もしかしたら、今よりも堂々としていたかもしれませんね(笑)。

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■初めての留学――募る海外への想い

――高校生の時に、アメリカに留学されたとか。留学したいと思うようになったきっか
けはなんだったのでしょう。

Lia:昔から、海外にすごく憧れがあったんです。自分でもなぜなのかわからないんで
すけれど(笑)。小さいころから、外国の方を見かけただけで「ママ、ママ! あそこに
外人さんがいる!」って騒いでいたみたいで(笑)。

高校に入るころ、父方の兄にあたる伯父家族が、転勤で海外に10年くらい行ってい
たということもあり話も聞き、それでアメリカに憧れを抱くようになって。いつか留学した
いと思うようになりました。

 そんな矢先でした。高校1年の春、母の友人から、娘が留学機関を通して留学する
んだけど、お宅の娘さんもどうですか、とお誘いがあって。「行く!」と即答しました。そ
のお話があったのが5月で、7月には出発してましたね。慌ただしかったですけど、留
学したいと思うようになってすぐチャンスがやってくるなんて、なんというめぐり合わせだ
ろう、と思いました。


――随分急なお話だったんですね。ご両親に反対はされませんでしたか。

Lia:両親から見ると、私は一度言い出したら聞かないガンコ者らしくて。諦め半分と言
いますか(笑)。そんなこんなで、1年間アメリカに留学することになりました。これをき
っかけに、海外への憧れが現実のものとなり、もっとここでいろいろなことを学びたい、
という気持ちが強くなりました。

名目は語学留学だったのですが、留学機関が1人1人の能力や個性に合った学校
を選んでくれたので、私は音楽や演劇に力入れている学校へ行くことができました。ノ
ースダコタ州にある小さな田舎町だったのですが、学校で演劇のクラスを専攻したり、
学校の地元の街でミュージカルに参加したりと、音楽に対する情熱と造詣も深まって、
本当に充実した留学でした。


――飛び込みのような形で留学されて、言葉の壁は気になりませんでしたか。

Lia:塾にも通っていましたし、英語には多少自信があったのですが、日本で学んだ英
語はまったくといっていいほど通じなくて、最初は大変でしたよ。私がお世話になった
ホストファミリーの方たちがまた厳しくて。発音も相当厳しく直されました。当時はまだ
15歳だったから辛くて泣いたりもしましたけれど、そのおかげで1年間の留学で英語が
みるみる上達したので、今は感謝しています。歌のほうでも、州の音楽コンテストに参
加して、声楽の部で優勝したりして……。


――そうして、歌の道を志そうと思った?

Lia:そうでもなかったですね。賞を取ることで、まわりの人たちが笑顔で褒めてくれる
のが嬉しいとしか思っていませんでした。当時はまだ、趣味の範疇でした。

そうして1年が経って帰国。復学して、日本の高校を出ました。1年じゃぜんぜんも
の足りないので、もっとアメリカにいたかったのですが、「あとは好きにしていいから、
とにかく日本の高校を出るように」というのが両親との約束でしたので。

 大学から、またアメリカに戻りました。でも、音楽で将来どうなりたい、というビジョン
はまだなかったので、最初はマサチューセッツ州にある大学の音楽科に進みました。
そこで1年間学びましたが、新しいことはあんまり学べなかった。

それで思い立って、音楽大学に編入しました。そこは、ジャズの影響が大きい大学
だったので、もう壁、壁、壁の連続。今までは楽譜通りに歌うことが正しいことだった
のですが、ジャズは即興音楽のようなものなので、かなり違うんです。こう歌ってくださ
い、と言ってくれる人はおらず、歌い方を自分のアイデアで生み出さなければいけない。
音楽の深さをあらためて知って落ち込みもしましたが、当時に、ここで学べたものはと
ても大きいものでした。


――高校生時代には言葉の壁、大学時代には音楽の壁にぶつかり、それらを吸収さ
れていったんですね。

Lia:そうですね。そうして大学を卒業して1年間のビザが下りたので、とりあえず西海
岸のほうにも行ってみようと思い、友人が住んでいるロサンゼルスに行きました。その
友人がホームスタジオを持っていたので、日本に帰る前に、デモCDを作成して、自分
が学んだことを形にしようと思ったんです。スタジオも安く使わせてもらえそうでしたし(笑)。

ビジュアルアーツさんと知り合ったのは、そんな生活をしていたころでした。

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ビジュアルアーツはまだ無名のLiaをどのようにして知ったのか?
KeyとLiaの数奇な出会い、そしてそこから始まる9年間の歩みについては、
好評発売中の電撃G'sマガジン5月号のインタビューをチェック!

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■Lia新譜情報

Liaのもう一つの顔、WorldWideに活躍中の大文字「LIA」プロジェクトによる、
大ヒットシリーズ「enigmaticLIA」の第3弾が二枚組みにて遂にリリース決定!
ダンスミュージックのカテゴリーとしては記録的なセールスを達成した前作
『enigmaticLIA』『enigmaticLIA2』の発売から2年。更なる高みと感動を求め
最新作『enigmaticLIA3』が満を持して登場です!

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enigmatic LIA3 -worldwide collection-
3,150円/発売中

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